- とちぎのしゅし
- 山を上げろ!圧巻の野外歌舞伎|山あげ祭(那須烏山市)
山を上げろ!圧巻の野外歌舞伎|山あげ祭(那須烏山市)
日本の夏の風物詩である夏祭り。栃木県内でもたくさんのお祭りが行われていますね!
今回は450年の歴史を誇る那須烏山市の「山あげ祭」をご紹介します。
このお祭りは、日本一の移動式野外劇といわれています!
開催は、毎年7月の第4金曜、土曜、日曜の3日間。
※令和初の2019年は、7月26日、27日、28日で行われました。
山あげ祭とは?
永禄3年(歴史上の出来事では桶狭間の戦いがあった頃)から続くお祭り。烏山城主が「天下泰平、五穀豊穣、疫病防除」を祈願して、牛頭天王を迎え祀ったことが始まりだそうです。
当初は相撲や神楽獅子などが行われていましたが、常磐津所作を奉納余興として取り入れ、現在の全国でも珍しい大規模な野外歌舞伎として受け継がれています。
この奉納余興として行われる野外歌舞伎は、1日5~7回行われ、公演する場所も変わります。
演じられる歌舞伎の演目は「将門」「戻り橋」「蛇姫様」「子宝三番叟」「乗合船」「吉野山狐忠信」「関の扉」「老松」の8つ。
歌舞伎が演じられる場所がその都度変わるのも、山あげ祭の特徴の一つです。
下記は2019年のタイムスケジュール。
その年の当番町によって、どのエリアを中心に演じるかが変わるので、公演場所が毎年違ってきます。1日の中も何回も舞台が移動するので、このお祭りのタイムスケジュールはとても重要!
「何時に、どこで、どの演目を観るか?」事前に予定を組むことをおススメします。
6町持ち回り制度
山あげ祭は旧烏山町の仲町(なかまち)、金井町(かないまち)、元田町(もとたまち)、泉町(いずみちょう)、鍛冶町(かじまち)、日野町(ひのまち)の6町が、毎年持ち回りで当番町を務めます。
回ってくる順番は、泉町➡鍛冶町➡日野町➡元田町➡金井町➡仲町の順と決まっています。6年に1回、当番が回ってくるという感じですね!
当番町になった町の若衆さんは、1年を通して祭の準備をします。山を作り、その他の舞台装飾もすべてが対象となり、かなり大掛かりな準備が必要です。
『6町それぞれに山あげ祭を行う道具と、大屋台、小屋台とを1台ずつ所有し、道具の貸し借りは一切行いません。
また、舞台や仕掛けにもそれぞれの特徴が存在し、各町で競い、お互いを高め合っています。(山あげ祭公式ガイドブックより抜粋)』
山あげ祭 名前の由来
山あげ祭で演じられる歌舞伎の舞台、その背景には大きな山ががそびえ立ちます。竹を組んで作られた木枠に、那須烏山市の伝統産業である「烏山和紙」を何重にも貼り、そこへ山水を描きます。
「山」を人力で上げることから、「山あげ祭」という名前が付いたそうです。
国指定重要無形民俗文化財 栃木県第一号!
山あげ祭は栃木県で最初に「国指定重要無形民俗文化財」に登録されたお祭りなんです!
それだけ後世に残したい、貴重な伝統文化ということですよね。
2016年 ユネスコ無形文化遺産に登録
2016年には「ユネスコ無形文化遺産」にも登録されました。
登録の発表が12月だったのですが、ユネスコ登録を祝して、この年は特別に「冬の山あげ」が行われました。
この年の当番町であった金井町の若衆さんたちがJR烏山駅前で山を上げ、歌舞伎の演目「将門」も上演。
いつもの祭は真夏。このときは真逆の真冬。極寒の中、いつもの半てん姿で山を上げる若衆さんはさすが。いつでも気合い十分ですね!
山あげ祭の見どころ!
①絢爛豪華な野外歌舞伎
1日5~6回ほど上演される野外歌舞伎。
8つの演目がありますが、中でも「将門」「戻り橋」「蛇姫様」の3つは毎年よく演じられています。当番町によっても得意とする演目が違うようで、どの演目が多く上演されるかは毎年少しずつ違います。
舞台の主役である踊り子さんたちは「烏山山あげ保存会芸能部会」というものに所属しています。山あげ会館2階の稽古場で、一年を通して練習に励んでいるそうです。
炎天下の中、歌舞伎の衣装を身にまとって演じるのは並大抵のことではないですね!踊り子さんたちの迫力ある演技、ぜひ目の前で堪能してください!
②常磐津
山あげ祭の歌舞伎に欠かせないものの一つが常磐津。
舞台、向かって右側にある「太夫座敷」で三味線や唄を披露する方たちです。
座敷に乗るのは三味線二人、唄三人となっており、この編成を「二丁三枚」と言うそうです。
常磐津の皆さんも踊り子さん同様、年間を通して練習を行っています。
③お囃子
祭に欠かせないもの。それはお囃子。
笛、太鼓、鉦(かね)で奏でられるお囃子が聞こえると、「祭だな~」と実感が湧きますよね!気持ちもウキウキしてきます。
④夜の公演
夜の公演もおススメです!
昼間と違った雰囲気で、ライトアップや仕掛けの花火、スモークなどがとても映える!
⑤舞台を支える若衆団
舞台装飾には「山」や「波」や「松」「館」などがあり、その年の当番町の若衆さんが1年を通して準備します。
当日の「舞台設営」「上演中の舞台転換」「片付け」「「次の公演場所への移動」など、これらすべても当番町の若衆さんが行います。まさに裏方的な存在の若衆さんたち。
絢爛豪華な表舞台は、この裏方の若衆さんたちによって支えられています!
1日5〜6回ある歌舞伎の上演。毎回場所が変わります。
その度に舞台や山を片付けて移動し組み立てる。しかもそれを3日間行うのですから、すごいハードですよね。炎天下の中、最後まで士気が下がらない若衆さんたち、本当にすごい!
6つの町それぞれに若衆団があり、若衆さんたちは町の代表としての威厳に満ちた存在と言っても過言ではありません。
この若衆さんたち、昔ながらの「完全縦割り組織」になっており、様々な役職があります。
【木頭】
舞台を動かす若衆をまとめ、指示を出しているのが「木頭」。拍子木を持ち、木頭の合図でみんな動きます。祭でも花形の役職といえます。
また、若衆の上には「世話人」と呼ばれる役職があり、各町に4名います。
4名の中でも一番偉いのが「筆頭世話人」。
他の町との交渉ごとなどを行う役職で、舞台道具を運んだりはしません。世話人さんは「黒い羽織」に「カンカン帽」をかぶっているので、それが目印です。
⑤山を上げる瞬間
「山あげ祭」といわれているくらいですから、やはり山を上げるところは見逃せない!
10メートルを超す山を、木頭の合図に合わせて人力で山を上げるところは圧巻です。
⑥ブンヌキ
6町の屋台が集合して行われる、お囃子の競演です。
八雲神社の鳥居を背に当番町の屋台が止まり、その他の町の屋台はそれを取り囲むように集まります。
当番町の合図で始まり、6町のお囃子が一斉に鳴り響きます。若衆さんたちも雄たけびを上げて盛り上げます。
時間は約30分ほど。ブンヌキの熱気はすごいです。ぜひ、このブンヌキも見てほしいです。
(写真は金井町、元田町、泉町の3町による山あげ会館前でのブンヌキです。6町が集合して行うブンヌキは八雲神社前で行われます。)
⑦6町それぞれ特徴のある屋台
6町それぞれ、大屋台と小屋台を一台ずつ所有していて、装飾も違います!
そして、この屋台は、御拝と呼ばれる屋台前方部分がスライドして歌舞伎の舞台の一部にもなるんです!!すごい作りですよね。
このような作りの屋台は、なかなかお目にかかれないと思います。
もちろん、屋台の他にも半てんや浴衣の柄も、6町みんな違います。
それぞれの違いを見るのも楽しいですよ!
⑧還御
祭のあいだ御神輿へ移された神様が、八雲神社へお還りになるのが「還御」。
最終日の夜、6町すべてを回った後、八雲神社へお還りになるのですが、名残惜しいということで、鳥居の手前で何度も御神輿が往復します。
その様子は迫力があり、見どころの一つといえます。
鳥居をくぐるのは、毎年0時を過ぎ。2019年は0時20分ごろでした。
夜中なので、地元に住んでいないとなかなか見ることが難しいと思いますが、機会があったらぜひ「還御」までご覧になってみてください!
まとめ
いかがでしたでしょうか?
私自身、山あげ祭を観るのは3回目でしたが、まだ全ての行事は見きれていません!知れば知るほど奥の深い祭だなと感じています。
―人―
歴史の長い山あげ祭、規模も大きく、たくさんの人が関わっています。
市の若手職員さんも3日間頑張っていました!2019年は特別公演として、地元の烏山高等学校の生徒が、若衆さんと一緒に舞台の準備・舞台転換・片付けなどおこないました。
伝統的な祭を幅広い世代で一緒に作り上げるという体験は、とても貴重ですよね。
―継承―
この規模のお祭りを続けることは本当に大変です。それだけ町の人たちの祭に対する想いも特別なんだろうと思います。
人口減少の進む地方、それは那須烏山市も例外ではなく、若衆さんの数も減っていると聞きました。
昔は「6町に住んでいる人」「自営業の人」でないと、若衆になれなかったそうです。サラリーマンの人が若衆に入るときには会議をした!という話も聞いたことがあります。現在は状況を踏まえて、町外の人も若衆に入れるそうです。
伝統を継続し、変えずに大切にするところ。伝統を守るために、時代や状況に応じて変えていくところ。どちらも大事なことだと思いました!
450年受け継いできた伝統と、祭に関わる人たちの想い、ぜひ感じてほしいです。
まだ観たことのない方も、ぜひ一度観に来てくださいね!
情報
住所:〒321-0628 栃木県那須烏山市金井2丁目5番26号
\SNSで記事をシェア/
この記事を書いた人
とちぎのしゅし 編集部
関連記事
Related
この記事を読まれている方には
こちらもおすすめ!