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ゴミ収集業のネガティブなイメージを「エネルギー創造企業」へと再定義|ネガポジ転換論
「エネルギー創造企業へ」をビジョンとして掲げる、栃木県下野市にある国分寺産業さん。
1964年に現在の代表取締役社長をされている田村友輝さんの祖父が創業。田村さんは18歳から働き始めたものの、経営状況は厳しく、お父様も型破りだったようで「自分が会社を継ごう!」と決意したそうです。
元々はトイレの汲み取り業を軸としていましたが、田村さんが入社した頃にゴミ収集車を購入し事業系のゴミを回収するようになりました。その後は民家のゴミも収集するようになったそうです。現在は清掃業だけでなく、飲食店も5店舗経営されています。
取り組み
僕はゴミ収集業は「社会インフラ」だと思っています。人間が生活する上で欠かせない仕事のはずです。しかし社会的イメージは良いとは言えないのが現状。
田村さんはそんな状況を打破すべく、「ゴミ収集業」というネガティブイメージを、「エネルギー創造企業」へと再定義し、イメージ転換のために様々なチャレンジをされています。
僕は昨年から「ブランディング」と「デザイン」に関わらせていただいていおり、社内の清掃部では独自のブランディングプロジェクトを立ち上げ、毎月「学びと実践の場」を提供しながら、社員の皆さんと一緒に「ゴミ収集業」の価値転換に取り組んでおります。
挨拶から始まった企業変革
田村(以下、田):ゴミ収集業はいわゆる「5K」と呼ばれていて、「汚い」「暗い」「臭い」「キツイ」「怖い」というイメージが定着してしまっています。
今だに挨拶をするだけでも「凄くしっかりしている会社だね」と言われることも多く、まだまだ「挨拶をしない」「ぶっきら棒」「怖い」というイメージが常識で、実際そういう業者が多いのも現状です。
「会社を変えたい、業界のイメージを変えたい、町を変えたい。」という想いだけは強かったんですが、お金もない、人脈もない、学歴もなくて。考えた末に「挨拶ってお金がかからないじゃん!」と気づきました。
青栁(以下、青):挨拶=0円ですね。
田:「この町で一番いい挨拶をする会社にしよう!」と思ったのが27歳の時でしたね。業界のイメージも良くないから、社員のことを考えると、少しずつでも変えていかないといけないと思いました。
当時は従業員に作業着すら支給するお金もなくて、従業員自身に買わせていました。なので全員の作業服が色が違っていてバラバラ(笑)。
青:その状態がどのくらい続いたんですか?
田:自分が入社した18〜26歳の8年間くらいでしたね。
ふと気が付いたら、自分はギャンブルしてお酒飲み行くようになっていて…「このままだとダメだ」と思って従業に謝りました。
「頑張ってみんなで良い会社にしていこう」と再起を図る一手として、ゴミ収集車の塗装の色を統一しようと思ったけど、お金がないからできないし、作業着も揃えられないから、挨拶はタダだから「めちゃくちゃ頑張ってやろう!」ということになったんです。
青:挨拶に視点が向いたのはどうして?
田:それまでの人生でずっと大事にしていたことが挨拶で。
今もどんなに優秀な人でも「挨拶ができない人とは仕事はしたくない」と思っています。自分が調子の良い時ばかりではないから、誰かに助けてもらえないと仕事にならない。助けてもらったことに対して、ちゃんと「有り難う」ってお礼の挨拶をするのは当たり前でしょ。
「生活の豊かさを提供できる存在」
青:挨拶を取り入れたことで変化はありましたか?
田:そうですね。挨拶しまくってたので変化はありました。収集時間ギリギリにゴミを出してくる奥さんとか見かけたら「大チャンス」だと思うようになりましたね。
青:チャンスと捉えるんだ。面白い(笑)。
田:「遅れてごめんなさい」と謝ってくれるんですよね。そういう時は手袋を外して、ダッシュで自分から取りに行って「大丈夫ですよ!」と声をかけると、絶対にポジティブな評価にしかならないんですよね。
青:なるほど、確かに。
田:そういうシーンこそ、イメージを覆すチャンスだと思っています。
でも実は、挨拶で町を変えようと5年間くらい努力してきたけど変わった実感がなくて、挨拶することに自信をなくしていた時期もあったんです。
そんな時に地域の子供から手紙をもらう機会ががあって…。
「いつも挨拶してくれて、ゴミを捨ててくれて、ありがとうございました。もうすぐ引っ越しちゃうけど忘れないよ」って書いてあったんです。
その手紙をきっかけに、社員たちの意識が大きく変わりましたね。
「俺たち見られてるんだ」と思ったし、お金とはまた違った価値として「生活の豊かさを提供できる存在」なんだなと再認識できました。
今読んでも嬉しくて泣いちゃいます!社員もみんな涙目で喜んましたね。
他のエピソードでは…、毎日必ず遅れてゴミを出すおばあちゃんがいて、「おばちゃん8時までだよ」と言うと「ごめんね友ちゃん」と言ってくれるんだけど、その後も毎回遅れるんです。
後から、そのおばあちゃんにに近しい方から遅れる理由を聞くと、おばあちゃんは独居らしく、僕らと挨拶して話すくらいしか1日の中で話す相手がいないらしくて、誰かと話したいからゴミ出しをワザと遅らせるというわけだったんです。
青:コミュニケーションしたかったんですね。
田:「あの人は、毎朝田村くんたちと話すのを楽しみにしているんだよ。」と聞いた時に、時間通りに出さないことを注意してしまったことを悔いました。
僕らにとって1日数百回する挨拶の1回だけど、そのおばあちゃんにとっては1回の挨拶であり、1日1回の話す機会なんですよね。だからやっぱり1回1回、手を抜けないなと感じましたね。
青:そういうシーンに挨拶の大切さを感じたんですね。
エネルギー創造企業へ
青:経営理念の「エネルギー創造企業へ」というフレーズめちゃくちゃ良いなと思っているんですが、このフレーズにした理由を教えてください。
田:クリエイティブな創造力はあらゆる事業に必要だなと思っている中で、「俺たちは何屋さんなのか?」改めて考える機会があったんです。
ゴミ収集業ではあるけれど、飲食業もやっているし、遺品整理や除菌作業もやっている。結局は「町の課題解決企業」なんだけれど、何かもっとしっくりくる言葉がないかな〜と考えていた時に「エネルギー創造」って言葉に辿り着きました。
新しく入社した従業員が「ゴミ収集で町を回っていると、この町の人は凄く挨拶をしてくれる!」と言ってきた時、長年挨拶を続けたことによる「コミュニケーションの蓄積」から生まれた結果だと思いましたね。
先輩社員たちが挨拶しまくってくれた結果だなと。町の活気や元気を生み出せているなと実感できました。
エネルギー創造…って、ボヤッとした言葉ではあるけど、自分たちが目指したいのは「ここ」だよねと。経営理念「エネルギー創造企業へ」を掲げてから、もう10年くらいになります。
「自分たちで考えたアイディアを形にする」
青:そのビジョンをより具体化するために、昨年から僕がブランディングやデザインを担当させていただいていますが、具体的にどんなことを求めていましたか?
田:1つはデザインです。
ゴミ収集業のイメージを変えるためには、デザインクオリティが高いことは必要だと思いました。アイデアやフレーズは思いつくけど「形」にまではできないから、青栁さんと一緒に手を組むことよって、アイデア止まりだったものを実現できると思いました。
清掃部のブランディング会議から生まれた「ENERECATION(エネリケーション)」プロジェクトのイメージ画像も好評で、清掃業界でも今までにないイメージでブランディングできていると思います。
青:見た目のイメージの向上と同時に、アイデアを形にできるところが良いと。
田:毎月定例の清掃部ブランディング会議も、すぐに成果は見えないかと思っていたけど、社員の成長や企業イメージの向上にも結果が見えてきているし、この会議が「エネルギー創造」になっていることは間違いない。
ウチの社員は勤続年数が長い人が多いのが特徴で、すぐに辞める人が多い企業だとブランディングや人づくりに対して、なかなか投資できないと思うんです。
青:みなさん若い頃に入社されますよね。
10年20年と勤続年数も長いから会社のことも熟知している。だから、社員さん全員で長期的なブランディングができる。普通の企業ではそこまで長いスパンで考えられないですよ。
実際に僕がブランディングとデザインをするにようになって、会社としてどのような変化がありましたか?
「自分ごと」
田:自分で発案したアイデアを実践できることを面白く感じていて、主体的に動くようになりましたね。
業務としてルーティンワーク的なものが多く、外部の情報を知る機会が少ないんです。でもブランディング会議をすることで、考える能力や他の業界の考え方を学べたりと、「自分ごと」として少しずつ物事を捉えられるようになっている気がします。
青:確かにゴミ収集などはルーティーンワークになりそうですよね。
田:自分たちで考えたアイデアを実践していくことで、自身の生活の向上や、周りの方たちの笑顔を増やすこに繋がってくれれば良いなと考えています。
青:そこにリンクできると、仕事がさらに楽しくなりますよね。
田:自分がせっかちだから「早くやって欲しい」と思う時もある。だけど一気に動かし過ぎてしまうと、ついて来れない従業員が出てしまうこともあるから、わざと自分が介入しない事もあります。
ただ、何もしないことがリーダーシップではないので、自分にしかできないことを考えながら、そこは「しっかり」やりたいなと。
今まで率先してやってしまうことが多く、自分もそれで気持ちよくなっていたけど、本当の意味で「会社のためになっているか?」と考え直しました。
環境省が提示していますけど、2050年には「廃棄物」という言葉すらなくなる可能性があるんです。サステナブルやSDGs的には良い方向だと思うけど、我々のようにそれを生業にしている企業には規制緩和も進むだろうから、大手企業しか生き残れない時代になる。
それを見越して「今、何をするか?」「どうブランディングするか?」を考え、国分寺産業で働きたいと思ってくれる人を「どう増やすか?」を考えなくてはいけないなと思っています。
青:ビジョンはある程度「余白」があるものだから、社員さん個人レベルでも消化してもらって、自分に何ができるかを考えたものを一緒に具体化することが僕の役目だと思っています。そして、その過程も一緒に楽しめればと考えています。
今後の目指すところ
田:人も資源も限りがあるので、それをどう持続可能にしていくのかを社員たちと一緒に考え、国分寺産業にしかできないモデルを作りたいと思っています。
清掃部でやっている「IBUKI WORKS(イブキワークス)」というプロジェクトがあるんですけど、収集した廃棄物を再利用して飲食部とコラボして「飲食店」を作れたら良いなと考えているんですよ。
青:それ面白い!
田:店内の電灯を空き瓶を加工して作ったり、窓も建築廃材を使ったりなど、時間をかけて自分たちしかできない「お店づくり」をしたいと思ってます。
青:いいですね!それができると廃棄物に対する価値観も変わりますよね。
田:社外のクリエイターとコラボしながら、そういう「町おこし」を時間をかけて目指していきたいですね。
青:事業を「町の新しい文化」として定着を目指しながらも、廃棄物の価値の再定義をするプロジェクトですね。そんな「今までにない町」を目指したいですね!
あとがき
実は、僕と田村さんは20代の頃、一緒に音楽イベントでDJやLIVEをしていた仲間でした。そんな彼と20年の時を経て一緒に仕事ができるなんて、嬉しくもあり不思議な気持ちです。
昔から田村さんの周りには常に人が集まり、その人望の高さは有名でした。当時は仙人のような、誰とも会わず部屋にこもって生活をしていた僕にとって「羨ましい存在」だったことを覚えています。
お互い40代半ばになり立場は違いますが、僕にはあの頃のセッションの延長上で一緒にお仕事をさせていただいている感覚です。
セッションから生まれる、これまでにない感覚を楽しみにしています。
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この記事を書いた人
青柳徹
「ネガポジ転換論」担当
県南エリア出身
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