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クリエイティブで命を救えるか|ネガポジ転換論

連載最終回の「ネガポジ転換論」は、これまでと異なったテイストになります。
ネガポジ転換とは「ビジネス」だけで使うものではなく、日常の出来事にこそ応用すべき思考だと僕は思っています。
今回取り扱うのは「命」です。
身動きが取りにくい状況のなかで、「捉え方」から生まれたクリエイティブをご紹介します。
注:今回の記事は、病気や命に関しての内容です。フラッシュバックしてしまう方もいるかもしれませんので、ご承知おきください。

クリエイティブは命を救えるか
数ヶ月前の緊急事態宣言の真っ只中、僕の友人のお母さん(以後Aさんとします)が入院しました。
約20年前に完治したと思われていたガンが再発。まさか20年を経て再発とは…。
この20年、通院を続け定期的に検査も受けていたので、本当に「まさか」だったそうです。
20年前のときは1年入院して1年通院という、合計2年かけての抗がん剤治療。その最中に旦那さんが亡くなり、抗がん剤の辛さ+夫が亡くなる辛さも経験したのですから、過去のネガティブな想いが蘇ることは想像がつきます。
元々Aさんは思い詰めてしまうタイプらしく、息子である僕の友人とは真逆の性格の持ち主。
ネガティブになると、深みにハマってしまいます。
今回は「余命宣告」されたわけではありませんでしたが、ステージは「4」。
色々併発していましたが、抗がん剤治療で回復ができるものでした。
しかし「再発」と診断された時点で、Aさんの気持ちはかなり落ちていました。
「あれだけ通院してケアしてきたのに…」という悔しい思い。
そして20年前の抗がん剤の「辛さ」がフラッシュバックしてきます。
意思
治療が始まるとすぐに最悪な事態に陥ります。
「もう治療は嫌だ、家に帰りたい、辛いのは嫌だ」と治療を止めてしまいたいという意思表示。
この時は命的にも危なかった時期で、回復の兆しも見えず、体も辛いだけ。
先が見えない戦いに踏み出したばかりですから、どうしても発想がネガティブになってしまったんでしょう。
「Aさんの気持ちを尊重してあげたい」とも思ったそうですが、家族は到底受け入れることはできません。なぜなら、このまま治療を続ければ回復する確率が高いからです。
友人は僕に「どうすれば闘病のモチベーションを高められるか」を相談してきました。
時間はありません。モタモタしていたら病気は悪化します。
僕は初めて「クリエイティブで目の前の命をどうやったら救えるか」を考えることになります。
日々命と向き合っている医師や看護師さん、介護士さんのお仕事って、改めて「凄い!」と感じました。

モチベーションをデザインする
情報の整理をします。今回のゴール設定についてです。
勿論「病気の完治」が一番なのですが、まずは「退院できるレベルに回復」に設定しました。
しかし僕にはガン自体を治療する技術はありません。病院にお願いするほかありません。
そこで「僕にしかできないことは何だろう」と考えた結果、「どうやってモチベーションを上げるか」にフォーカスしようと考えました。病院に居るよりも、家で家族と過ごしたほうが「今までの日常」に近くなり「会話」もできるので、モチベーションの改善が期待できるからです。
しかし、そこに様々な制約が立ちはだかります。
まずAさんのガンは免疫が極端に低下するため「クリーンルーム」に入らなければいけません。
これは20年前も同じだったそうです。その時はガラス越しに対話はできる状況でしたが、現在タイミングが悪いのが「コロナ禍」であること。
全く面会ができません。顔も見れないのです。
「これはヤバいな…」と思いました。
対話や顔を見るという行為は、それだけでもモチベーションの改善が期待できます。病気になると、なかなか自らの内側からモチベーションを創造するのは困難です。
自分だからできる事
そんな時に必要な存在は「伴走者」。一緒に闘ってくれる仲間です。
その環境をつくれないのは本当に難しいなと。
僕は20年前にも、友人がAさんを献身的に支えているのを見ていたのですが、その時は何もできませんでした。僕は自分が「20年前と違うこと、成長していることは何か」を考えました。
20年前とは圧倒的に違うこと。それは、デザイナーとして「クリエイティブで人々の課題を解決してきた経験があること」です。
何百という「様々な課題」に向き合ってきた僕だからこそできることがある。そして今、目の前に「死」を受け入れようとしている、友人の大事な家族がいる。急に「人生で一番重みのある課題」を投げかけられた気がしました。
僕の仕事は「ネガティブ」を「ポジティブ」に転換する仕事です。デザインによって「モチベーション」を高め、改善する仕事でもあります。
今こそ僕のクリエイター人生をかけて、この課題に取り組もうと覚悟を決めたら、なんだか燃えてきました。

対象を掘り尽くす
しかし時間はない。
コロナ禍だから会えない。
病室だから電話も難しい。
ガラケーだからメールで写真も見せられない。
テクノロジーを使うことができない状況下をどう打破するか。
辿り着いたのは「手紙」でした。超普通で、超アナログです。でも、唯一できること。
ただの手紙でも良いけど、さらにモチベーション向上効果を得られるクリエイティブはないかと考え、改めてAさんについて友人にヒアリングしました。
好き
Aさんは昔から「花」が好き。ガーデニングなどの土いじりが趣味だそうです。
花を贈るとすると「花束」ですよね。
しかし生花をクリーンルームに入れることはできないので、デザイン的に花束を作ろうと思い、以前あるプロジェクトで実現できなかったデザイン案を思い出しました。
そのデザイン案に、庭に咲く花を印刷すれば「またガーデニングしたい」「あの花をまた見たい」と、生きるモチベーションにも繋がるはずと考えたのです。
定期的な手紙として「移り変わる庭の様子」の写真をレイアウトしたら、更に手紙が楽しみになりますよね。
これでデザインの方向性は決まりました。
大切な人の話
肝心の内容をどうしようか。改めてAさんという人間を思い返します。Aさんがモチベーションが上がるポイントは他にないか。
Aさんは、息子である友人の仕事を応援してくれていたそうです。友人が仕事の話をしたり、相談したりすると、いつも目を輝かせながら聞いてくれたそうです。半分「親バカ」で、半分「仲間」。
入院中では得られない、「息子の様子」をシェアすることでモチベーションが上がるのではないかと仮説が立てられます。友人が頑張っている姿を見せることで、「自分も頑張ろう」と思ってくれるのではないか。
そこで「完全な手紙」ではなく「半分新聞」にしようと考えました。写真も含めて読みやすくし、コンテンツも友人の活動記事、それからAさんの子供たちに協力してもらい、Aさんに対する普段言えないような「ありがとう」の気持ちを伝える内容です。
「家族新聞」みたいな感じですかね。定期的に発行することで、モチベーション継続にもなるんじゃないかと思いました。そして写真のようなアウトプットになりました。

形状は花束、広げると新聞になります。
※詳細な中身はプライベート情報なのでボカシてあります。

情報は色あせる
完成後、友人はAさんがきっと喜んでくれるだろうと想像し、看護師さんに託しました。
しかし、結果は「読まずに返却されてしまった」。
そうです、ここで抜けていたのは「相手の状況を考えること」でした。友人は自分の想いと想像だけをカタチにしてい、受け取る側の「状況」を深く考えていませんでした。
致命的です。
Aさんは抗がん剤が始まって始まって間もない時期だったので気分が悪く、文章を読める状態ではなかったそうです。確かにその通りだなと痛感しました。
しかしその後、嬉しいことに「体調が回復したら読む」とメールが届いたそうです。
手紙の良いところは、リアルタイムな情報は古くなってしまうけど、想いは色あせないことですよね。Aさん自身のタイミングで読んでもらえたらいいなと思います。
そんなAさんですが回復が順調で、予定よりも早く退院できたそうです。まだまだ通院での抗がん剤治療は続きますが、帰宅できたことで安心し、今まで話せなかった分、マシンガンのように話しているそうです。口が筋肉痛になるくらいに!
「日常の当たり前にある幸せって、当たり前じゃないんだな」ということを久しぶりに体感しました。
今回のような「命に関わるクリエイティブ」って、求めている人も、必要としている人もいるんじゃないかな、と改めて思いました。
そんなサービスがあっても良いかなと思うので、今後も探っていきたいです。

あとがき
目の前にいる病気の方や、命の灯火が消えそうな方に対して何ができるか。
これはクリエイターに限ったことではありませんよね。
「対象者に対して今できることの全力で貢献する」
これはビジネスの基本でもあります。
我々は常に何かの「思い込み」で生きています。
「こうあるべきだ」という「思い込み」が人間を縛り、傷つけてしまうことがあります。
本質的にはネガティブもポジティブもなく、あるのはアナタの「思い込み」だけ。その「思い込み」を捨て去ることができた時、本当の意味で「対象者に全力で貢献する」スタートラインに立てたことになるのかもしれませんね。

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この記事を書いた人
青柳徹
「ネガポジ転換論」担当
県南エリア出身
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