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2017-12-28

五箇大成(佐野ラーメン日光軒:代表)|tochigi gene



五箇大成(ごか だいなり)

・日光軒(ラーメン店)経営。フランチャイズ展開。
・北海道と東京の会社の顧問
・両毛ムスリムインバウンド推進協議会代表
・ムスリム受け入れの講師、ハラールの普及。監修。 
・「ハラール餃子」にて経済産業省主催「NIPPON QUEST」食部門の初代総合グランプリ受賞

 

佐野駅前にある佐野ラーメン店「日光軒」を経営する五箇さん。佐野市だけでなく、都内の大型イベントへの出店や、ハラール料理で日本代表として海外に出向いたり、精力的な活動を展開。その他にも、佐野市でのクリケットの普及や、ムスリム対応に関しては10年以上前から独自に対応を続けている草分け的存在。地元を拠点として日本や世界を相手に動く五箇さんに、その想いや考えをうかがってきました。

 

カフェからラーメン屋へ

 

カフェの開業

 

飲食の道に入ったのは26歳の時です。もともとラーメン屋をしていた親父と、一緒にお店をやろうと話していました。諸々の準備も整い、店舗の着工の1週間前となったある日、親父が交通事故で亡くなってしまったんです。

五箇大成 ⑨ 佐野ラーメン 日光軒 TOCHIGIGENE 栃木県 佐野市

その後は、私一人でバタバタと必要にさいなまれながら準備を進め、カフェをスタートさせました。そこから、カフェを10年くらい経営しました。当時を振り返ると、私も若かったので最初はかっこつけてましたね、その分、だいぶ疲れましたけど(笑)。

カフェには私が高校生の時にはじめてお邪魔させて頂きました。お洒落だったのを覚えています!そこからなぜラーメン屋を始められたのですか?


カフェからラーメン屋への道のり


私の実家は元々ラーメン屋でした。当初、私は店を継ぐ事からずっと逃げ回っていたんです。カフェを経営して、私が40歳手前になって、何故かラーメン屋に興味が湧いてきたんです。カフェに飽きちゃったのもあるかもしれませんが、どこかで、ありのままの自分を受け入れられたんだと思います。


実は、カフェを経営していた時も、ラーメンをちょくりょく作っていたんです。でも、どうにも美味しいラーメンがつくれませんでした。徐々にラーメンを作る気持ちが芽生えていった中で、頼ったのが「飯塚さん」という元々の親父の店の料理長だった方です。


その方に助けを求め、ラーメンのお師匠さんになって頂きました。そこから、「煮干しの扱い方」などを一から教わりました。飯塚さんと「佐野で一番うまいラーメンを作ろう!」「ラーメンが完成したら一緒に働こう!」と言って一緒に試行錯誤を繰り返していきました。徐々にラーメンへの想いも高まってきて、本格的にラーメン屋の再開へ向かって準備を進めていきました。

 

ラーメンの完成とお別れ


飯塚さんとのラーメン作りがスタートして1年が経った時、いつもの様に私が作った試作のラーメンを飯塚さんに食べて頂きました。食べ終わって、飯塚さんが突然、「お金を払う」と言ったんです。今思うと、ラーメンが完成した瞬間でした。とても嬉しかったのを覚えています。

五箇大成 ⑧ 佐野ラーメン 日光軒 TOCHIGIGENE 栃木県佐野市

ただ、その後、飯塚さんと一緒にラーメンを作る夢は叶いませんでした。飯塚さんは、患っていた「癌」が原因で亡くなってしまったんです。その時はさすがに私も色々な感情がこみあげてきて、涙が止まりませんでした。飯塚さんが亡くなって3か月後に、飯塚さんと共に作り上げたラーメンを提供する日光軒を開店させました。


要所要所でキーマンがいらっしゃったんですね。日光軒のラーメンにも歴史と物語があるんですね。


どんな想いでサービスを提供していますか?


「美味しいラーメンを作りたい」という気持ちが一番ですね。
昨日より美味しいラーメンをつくりたい。そうストイックに向き合っています。


また、ハラールに関しては、より多くの方に佐野ラーメンを食べて頂きたいと思って作っています。ハラールの認証はとっていません。いいものをつくって、しっかり発信していればキャッチして頂いた方には存在を知ってもらえるし、その先で選ぶのはお客様だと考えています。

 

ハラール


ハラールをはじめたきっかけはありますか?


20年前、カフェをやっていた時、趣味でジャンベ(海外の民族太鼓)をやっていたんです。そのジャンベのお師匠さんがイスラム教徒だったんです。その流れでハラール料理をつくるようになりました。なので、必要だったから作った。というのがきっかけです。

五箇大成 ⑩ 佐野ラーメン 日光軒 TOCHIGIGENE 栃木県佐野市

その後、ハラールのラーメンや餃子で着目され、「ハラール餃子」は経済産業省主催の「NIPPON QUEST」をというイベントで、世界に発信したい良い物の1600アイテムの中から、食部門で初代総合グランプリを受賞させて頂いたんです。それからメディアにも取り上げて頂き、おかげ様で、これまで70~80本の取材をして頂きました。

地元でも五箇さんの動きは目立ってますもんね。グランプリ受賞は誇らしい事です。


なぜ、ハラールを広めるのでしょうか?


美味しいラーメンを作って、より多くの方に提供していきたいという想いですね。数値的な面で見ても、日本人を対象に普通にやっていたら対象は1億人ですよね。ハラールをやる事でその対象がイスラム教徒16億人に広がります。

数年前に、パキスタン人の友人に言われたんですが「日本にはイスラム教徒が食べれる料理を提供している飲食店が少ないから、しっかり告知したら、たくさんの人が来てくれるかもね」って。その時、私は「視野が狭かったな」って思いましたね。


結果的に、口コミが広がり、隣県や日本全国から、「ハラールラーメン、ハラール餃子」を食べに、様々なお客様が来てくださいました。遠方からわざわざ2、3時間かけて来てくれたり、ベルギーがらわざわざ食べに来てくれた方もいらっしゃって、ただただ嬉しいかったです。


一方では、日本にはまだまだハラールを提供している飲食店が少ないとも言えます。イスラム教徒の方達からすると不便なのかもしれません。その点で、国内でハラールに興味のある飲食店への啓蒙活動もしていければと考えています。


現在、海外からの観光客にどうサービスを提供していくかと、日本全国で考えられていますが、ハラールもれっきとした「おもてなし」でしょうし、地方でもできるインバウンド施策だと思うんです。

五箇大成 ⑦ 佐野ラーメン 日光軒 TOCHIGIGENE 栃木県佐野市

宗教が関係している点で、なにか言われる事はありますか?

実際、好き嫌いはあると思いますね。我々は、あくまでラーメンで勝負しているし、地元のお客様も海外のお客様も大切にしたいので、その辺は配慮して、過剰な宣伝などは控えています。


佐野市だけでなく、日本、世界に目を向けていらっしゃる点は凄い。

 

私はどこに住んでも私

 

ターニングポイントはありますか?


やはり、ラーメン屋を始めた時ですね。
ラーメン屋の息子である事を受け入れられ、自分の中で逃げていたものが整理できました。その時その時にやりたい事やってきたのですが、丁度、かっこつけずに素でいられるようになった。人の期待に応えよう思わなくなったんですよね。


栃木県や佐野市はどんな印象ですか?


地元であり「現在の住みか」という感覚です。佐野市は都内も近いし、住みやすいので住む場所としては好きですね!
でも、私は、地元以外住んだことは無いので、普段は何も意識してません。外から見ている方のほうが、佐野市の事を客観的に見れているかもしれませんね。

 

五箇大成 ③ 佐野ラーメン 日光軒 TOCHIGIGENE 栃木県佐野市

実は、中学の時から都内のクラブなどにいって、著名な方のレコード持ちなどをしていたんです。ませていましたね(笑)。その時は佐野の魅力を感じていなかったから外に行っていたのかな。その当時から常に東京の人とは繋がっていたことも、今の感覚に影響しているのかもしれません。


なので、高校の時から、東京に出たいとは思わなかったです。あまり東京との差を感じていなかったんだとおもいます。もしからしたら、井の中の蛙だったのかもしれませんが(笑)。


若い時から都内の方とは繋がっていた。その分、佐野市の感覚に合わせて、地域に依存するのではなく、アグレッシブに動いていらっしゃる。


地域とはどう関わっていかれますか?


私は、佐野市に店舗をもつラーメン屋でもあるし、出店やPRなどいろいろと動いているので、人に見られる事も多いかもしれません。ただ、「何をしても、どこにいっても」人に何か言われるものだと思っています。


結論として、私はどこに住んでも私。「周りの環境」ではあまり変わらない気がします。佐野・東京・海外、どこに居ても「私がいいと思う事や、やりたい事をやっていくと思います。」その辺は自分次第なので、今は、お客様に良いラーメンを提供していきたいですね!


今後の目標や夢を教えてください。

五箇大成 ⑤ 佐野ラーメン 日光軒 TOCHIGIGENE 栃木県佐野市

日光軒に関しては、今日よりも美味しいラーメンを作れる様に努力をしています!ここからフランチャイズ展開をして美味しいラーメンを提供できるお店を増やしていければ。ハラールに関してはご興味をお持ち頂ける飲食店へ啓蒙活動をしていて、展開していく準備もしています。その後は、まだ何となくですが、50歳でリタイヤしたいですね(笑)

 

自分の尺度を大切に

 

自分らしい仕事の仕方や生き方を探している方へ一言お願いします。


いくつかあります。

 

自分の尺度を大切に。
やりたい事や興味がある事に対して「どうしたらそれができるか」と考えるといいと思います。実は、そのことを考えている時間もやりたい事をしている内に入るので、本来楽しい事なんです。印象としては、やりたい事をやらない「言い訳を探す事」に労力を費やす人が多いなぁと思ってます。

五箇大成 ⑪ 佐野ラーメン 日光軒 TOCHIGIGENE 栃木県佐野市

幸せの尺度は人それぞれ違うから。自分が「どう思うか」を大切してもらいたいですね。置かれた環境の中で何がしたいか決めていくのもいい。例えば「パソコンもMACかWINDOWSか」「ボールペンは何を使うか」など、それだけでも全然違うと思います。些細な事でも、一つ一つを選ぶ事で自分の尺度が積みあがっていくんじゃないでしょうか。

かっこつけない。
自分がカッコいいと思う事と周りの評価は違います。周りにかっこつけるのではなく、自分がカッコいいと思う事をするのが大切です。今だから言えますが、見栄を張らない事ですね。周りの人が見たら、五箇は「昔よりかっこ悪くなった」と言われているかもしれませんが、自分は「今の方がカッコいい。」と思っています。10年前の自分より、はるかに凄くなっている事は実感している。私は「いい車に乗って、いい服を着て、いい所に住めればカッコいい」という評価基準ではないので、自分に嘘は付きたくないですね。

 

閉鎖的にならない事。

常にオープンでいられる事も重要です。私は超見知りなんですが(笑)。積極的に動いている分、周りからは攻めている様に見られがちです、でも今までもずっと、必要とされた時にやるべき事をやってきただけなんです。必要に迫られてやってきた感じ。

五箇大成 ② 佐野ラーメン 日光軒 TOCHIGIGENE 栃木県佐野市
オープンでいると、人との出会いがあって、そこから生まれる流れがあります。その流れにのってきた延長に今の私があります。後は、その時々で、自分ができる事をしっかりやって、自分の価値を高めていけばいい。そんな風に私は考えています。

 

佐野市に拠点を置きながら、日本や世界を視野にアグレッシブに活動される五箇さん。提供されているラーメンにはお父様やお師匠様との歴史がありました。ハラールに関しても、世界的な視点での「ニーズ」と、サービス提供者としての「おもてなし」の視点をもっていらっしゃいます。地元でPDCAを繰り返す中で培った「ものの見方」や「考え方」は、行動していく為のものとして、シンプルに研ぎ澄まされている印象でした。

 

皆さんはどう思われましたか?

 




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石川智章

この記事を書いた人

石川 智章

「栃木のしゅし」総合統括
県南エリア出身

ライフデザイン、WEBマーケティングの分野で実績を出し、都内ベンチャー企業の経営を歴任。親の闘病を機に栃木と東京の2拠点生活を開始。

栃木の魅力を「住む視点」と「観光する視点」から再発掘。人がイキイキする仕組みを考えます!

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