渡辺敬晴 (わたなべ よしはる)
なかがわ水遊園 飼育統括(学芸員)
県央エリア 栃木県大田原市在住
2001年に日本でも数少ない「淡水魚メインの水族館」として栃木県大田原市に誕生した「なかがわ水遊園」
コンセプトは「那珂川から世界の川に」。施設内の魚の展示も地元那珂川の上流から下流、そしてアマゾン川という構成で展開されている魅力的な水族館です。年間来場者数も2016年に28.5万人と大人気!
そんな「なかがわ水族館」で生き物たちの「飼育総括」を担っているのが渡辺さん。仲間から博士と言われるほど「淡水魚の知識」をお持ちでいらっしゃる渡辺さんに「飼育のポイント」や「発想」をおうかがいしました。
目次
もくじ
「何か、変だな」
なかがわ水遊園ではどの様なお仕事をされているのですか?
私は、なかがわ水遊園の生き物の飼育を統括しています。その他にも、展示の仕方を考えたり、メンバーの教育、お客様への解説など、総合的にマネジメントしています。
魚を飼育する上で大切な事は何でしょうか?
魚はしゃべらないので、こちら側がいかに「気が付つけるか」という点です。専門的な知識ももちろん必要なのですが、直感的な部分はもっと大切。日々のちょっとした変化を感じ取ることが重要です。
例えば、自分の「子供」や「ペット」を毎日見ているとちょっとした異変に気づきやすいですよね。「何か、変だな」って。
「木を見て森を見ず」という言葉がありますが、水族館の場合は逆で、「森を見て木を見ず」。その方が「何か」を見つけやすいと思います。病気も一匹から全体へ一気に広がる事もあるので。
→なるほど。全体を見る中で個の異変をキャッチする訳ですね。そこから専門知識をもって対処する。その上では最初の「気づく事」が大切であると。
具体的に、チェックするポイントはあるのでしょうか?
色々あります。「餌の食べ方」「泳ぎ方」「病気」など。あとは「季節ごとの対応」「繁殖期の対応」も大切です。
天然記念物となる生き物は、繁殖させる事もミッションに入るので、細心の注意を払います。「水温」「水流」「光の明るさやその時間」などの環境面を配慮。魚はこういった所を感じて繁殖期を迎えたりするので、それぞれの魚の生態や特徴をいかに理解しているかが大切です。
面白い話で言えば、魚は成長していくと「喧嘩」もします。なので、魚同士の相性を見たりもしますね。
→えー!魚にも個性があるんですね。
はい、魚それぞれで違いがあります。魚が小さい時は解りづらいのですが、大きくなると個性も出てきます。よく泳ぐか、よく食べるか、攻撃性があるか、など同じ種類の魚でも微妙に違うんです。
→魚を健康に飼育するためには、ケンカさせない事、そして、繁殖させる事など、様々な視点があるんですね。
リスクはどんな事でしょうか?
最大のリスクは魚が死んでしまう事。過去に水槽の魚まるまる50匹が全滅してしまった事があります。原因は機械の故障でした。
水族館には、色々な所から魚がやって来ます。業者から購入したり、川から採集したり。その中で、魚達が水族館にやって来た時が一番体調を崩しやすいので、メンバーは神経を使います。
とはいえ、魚も生き物、いつかは死んでしまう。なかがわ水遊園には魚が約2万匹いるので、毎日なにかしらの魚が死んでいるのも事実です。
2 「もっと知りたい」「全部知りたい」 へ つづく
「もっと知りたい」「全部知りたい」
どんな事がきっかけで、魚に興味を持ったのですか?
きっかけは小学5年生の時。親戚のお兄さんの家に行った時に、熱帯魚を飼っているのを見て衝撃をうけました。そこで「僕も家で飼いたい!」と親に猛アピールして、熱帯魚を飼い始めました。私の性格もあいまって、そこから、ずっと魚の事を考えて幼少期を過ごしましたね。
性格のお話もありましたが、どんな所がマッチしたのですか?
あんまり人が好きじゃなかったんです(笑)。人と会話するより、1人で静かにしている方が好きでした。そして、動物は吠えるのに対しで魚は吠えません。その点も良かったのかもしれません。
→えー!こんなにお話も上手なのに!(笑)
夢中になっていった理由は何だったのでしょうか?
「魚を繁殖させる事」にはまったからですかね。あまり知られていないでしょうが、魚好きの方達でも「好き」の志向が分かれます。一例を上げると「釣るのが好き」「飼うのが好き」「殖やすのが好き」など。電車もそうですよね?私の場合は、早い段階で殖やす事が好きになりました。
もちろん、小学生だった頃は、本で知った魚を「実際見たい!」という想いが強かったので、栃木県内の熱帯魚屋さんは行き尽くしました(笑)。さらに中学生になったら、エリアを広げて埼玉や東京の熱帯魚屋さんに電車で行ってました。
すごい行動力ですね、実際に魚を見ると、どんな感情だったのですか?
「こんな色なんだぁ!」「こんなに大きくなるんだ!」とか「こんな泳ぎ方するんだぁ」と驚いてました。その中でも、気にいった魚がいれば、自分で飼育してみる。それの繰り返しで、次第に「この魚を繁殖させて殖やしたい」と思うようになっていったんです。
飼う事はある程度知識があればできます。しかし、殖やす場合は技術が必要になる。殖やすというのは、飼育の中でも最終段階なんです。
その魚の事や、産卵のタイミングなど知った上で、環境から作っていかないと実現しないから難しい。だからこそ、繁殖に成功した時は「その魚に勝った!その魚を極めた!」と思えるんですよね。
魚を極めた!勝った!という感覚は初めて聞きますね。ゲームのポケモンに近い感覚なんでしょうかね。
そうかもしれません。私やった事ないですが(笑)。そして、増やすという事を目的としていく中で、淡水魚全体を「全部知りたい」と思う様になり、興味がない魚も飼ってみました。
そうすると、「魚同士の関係性」や「環境」「生態系」など、より広い視点になり、見えてくる物が増えたんです。
3 夢中になり、夢中になれる環境へ へ つづく
夢中になり、夢中になれる環境へ
魚や飼育方法はどの様に学んで行ったのですか?
基本的に独学です!今考えると、私は「人から教えられるのが好きではなく、自分で調べて学んでいくのが好き」だった様です。幸い、親も学校の勉強をしろとは言わなかったので、一人でどんどん調べていけました。
家族で唯一目が悪いのも、魚の本を読みすぎた事が原因です。学校にも魚の本を持っていきましたし、学校から帰ってきても、ずっと本を読んでいました。おかげで本もボロボロに。兄貴からはオタクって言われてました(笑)。
小学校や中学校では、私ほど魚が好きな子はいなかったので、当然、魚に関して話のあう友達はいませんでした。かといって、クラスの中で「皆とちょっと違う私」がイジメられる事はなかったんです。
皆が私を理解して尊重してくれていたのかもしれません。チョットした事で入院した際、友達が魚の本を差し入れてくれたのは今でも覚えています。
私生活では、「おこずかい」にしても「お年玉」にしても、全て魚に使う。中学校2年生の時には家の水槽が10個になっていました。
※熱帯魚を飼う水槽は温めなければならなりません。その電気代はひと冬で水槽1個につき約1万円です。10個あったので約10万円かかっていたんですね(汗)。親に感謝です。
今だからわかりますが、中学生の時の私の魚の知識レベルは、今の専門学校生と同じ位ありましたね。それくらい、本で調べて、実際に飼育して、探究していました。
→独学でどんどん探求していかれたんですね。本当に「好き」でのめり込んでいたのが伝わります。また周りの方達の理解も間接的な支えになっていたのかもしれませんね。
その後はどう歩まれたのですか?
栃木県那須郡にある馬頭高校水産科は、日本で唯一淡水魚を専門的に学べる高校。中学の時に「ここしかない!」と決めていました。
皆さんイメージした事ないと思いますが、熱帯魚の中にも、たくさんの淡水魚がいます。アマゾンやメコン川の熱帯魚達の生息環境は淡水。熱帯魚イコール海ではないんです。
高校に入って嬉しかったのは、魚に関して自分と同じような知識レベルの人達と出会えた事。まぁー楽しかったですね(笑)。会話が成立するのがすごく嬉しかった。
学校のカリキュラムでは日本の淡水魚を基本に学んでいきましたが、課題を定義して研究する際は、やはり熱帯魚にしました。
日本は水族館大国
高校を卒業後、秋田の水族館に就職。そこで初めて海水魚の飼育を経験しました。魚に関われていた点は幸せでしたが、どこかで淡水魚への想いがありました。
「ここがゴールではない」と思っていた3年目の時に、「栃木県にはじめての水族館が出来る」それが「淡水魚がメインである」という話を聞きました。そこで、地元に帰りたいという想いも合いまって応募し、転職しました。それが「なかがわ水遊園」です。
日本は世界で一番水族館がある国なんです。世界に水族館が約300館あるのですが、なんと日本には約100館。あります。世界の30%です。その中でも、淡水魚中心の水族館は10くらい。
日本では水族館で働きたい人は多く、なかなか就職できません。ご縁もありましたが、夢中になったその先で、今の環境で働けている事には感謝しています。
→夢中になって歩んでいく中で、さらに夢中になれる環境へ身を置き、同じような興味関心を持つ仲間に出会っていく姿は勇ましさすら感じますね。
4 自然ってすごいんだ。 へ つづく
自然ってすごいんだよ。
今後、水族館でのお仕事を通じて、どんな事をしていきたいですか?
まず、来た方々に、生き物の「楽しさ」「素晴らしさ」を少しでも感じてもらいたいです。住んでいる人はみんな知らないでしょうが、栃木には80種類の個性豊かな魚が住んでいます。
さらに、世界には約3万種類の魚がいます。当然、地域ごとにまったく違います。栃木や世界にはいろんな魚が生活している事を伝えていきたいですね
人は日々、人としか接しないので、人間中心で考えています。ただ、栃木や日本、地球には人間以外にもいろいろな生き物がいます、普段はなかなか意識できませんが、そのことを少しでも意識してもらえると嬉しい。「本当に人間が一番なのか?」って私は日々考えています。
また、環境という視点で言えば、私がなかがわ水遊園で、飼育や繁殖を促す「環境づくり」をしているからこそ実感している「自然って凄い!素晴らしい!」という感覚を伝えていきたいです。
地球は色々な生き物がいるおかげで保たれています。本当に「絶妙で素晴らしいバランス」で保たれているんです。専門家ならこの生き物がいなくなると、生態系のバランスが崩れるというのが分かりますが、一般の人は理解できないでしょう。
しかし、ちょっとしたバランスがくずれると、ゆくゆくは自分たちの生活にも影響があるんです。
生き物の中で、人間が一番環境を破壊しています。飼育を通じて「自然の偉大さ」を理解しているからこそ、心が痛いです。便利に暮らして行く為にはしょうがない部分もあります。
しかし、ちょっとした意識次第で「自然との共存をより良くできないか、その方法をうまく改善できないか」とよく思います。その為に、なかがわ水遊園での活動を通じて、人々の意識や、自然との関わり方を、ちょっとでも変えていけるのであれば、この仕事をしている意味がある気がします。
私はアマゾンに調査で2回行ったことがあります。日本に居ると様々な生き物がいる事やそのバランスというのは感じづらいかもしれませんが、アマゾンに行ってその大自然の中に身を置く事で「生き物中心」の世界がある事を実感しました。
頭でなく直感でした。そんな経験も活かしながら「色々な生き物が生きている事」を伝えていきたいです。
→すごく説得力がありますよね。魚の繁殖を促す環境をつくっていらっしゃるからこそ「自然の偉大さ、素晴らしさ」を人より感じていらっしゃる。
またアマゾンという日本とは次元が違う場所で感じた「生き物中心」という感覚を踏まえ、その自然や生き物の「尊さ」と、人々の「自然との共存意識」をなかがわ水遊園のお客様に伝えていくのですね。
5 栃木のしゅし へ つづく
栃木のしゅし
栃木県や、なかがわ水景の印象を教えてください。
栃木って関東地方という首都圏でありながら、一番自然が残されている県だと思うんです。都会にも近くて人間が住むのに便利であり、たくさんの生物が生きる自然が残されている場所。私は、栃木大好きです。
その自然を、少しでも長く守っていく事が栃木の魅力作りの鍵だと思います。農業や観光にも自然は大切ですよね、「みなさんその価値を解っているのかな?」と、僭越ながらたまに思います(笑)。
また、那珂川(なかがわ)は、栃木では唯一、海までつながっていて海まで名前が変わらない川でもあります。堰堤やダムがないので、この辺まで「ボラ」が昇ってくるんです。東京や神奈川では珍しいとされる魚も、普通に暮らしています。
→栃木の良さの一つに、渡辺さんの視点からみる「自然」はとても価値がある。さらに、その自然の中の見えにくい所に生きる「生き物」も含め、都心にはない価値ですね。
自分が選んだ道を進みたいと考えている人にアドバイスをお願いします。
「あきらめなければ夢はかなう」という言葉を耳にしますが、そこに「努力をすれば」という言葉を付け加えたい。
私は、魚に関わる仕事をしていく事を小学生の時に決めていました。そして、好きな事に対する努力は、惜しまず、何よりも最優先でやってきました。
夢を叶えたいなら「努力を継続する事」が大切です。そして、努力を継続しやすいのは「好きな事」です。
夢をあきらめないというのも大切ですが、「好きなものを、もっと好きになる事」も大切です。※私の場合は、親が理解してくれたので、好きを止めずに続ける事ができました。
→渡辺さんの、のめり込んだり、コツコツ継続できる力は、探究心や好奇心が長けているからなんでしょうか。おっしゃるとおり、「好き」なんでしょうね。
6 自分を知ろう へ つづく
自分を知ろう
何かを「好きになれない」という人もいらっしゃる気がします。その場合どうしたらいいと思いますか?
時間軸
私はアマゾンに行ってその大自然の中で「自分って、何て小さな、たった一つの命なのか」と感じたんです。アマゾンは、とてつもない数の植物や生き物がいて成り立っていて、それは普段私達が暮らす「人間中心の街」の要素がいっさい無い「自然のみ」の環境でした。
そして、もう一つ「人生は一瞬だな」って。アマゾンの環境は何万年もの年月を基に成り立っています。それに比べ私の命はたかが100年弱。私が普段、悩んだり、躊躇している事って、なんか「小さいな」って、「無駄に考すぎてたな」って思いました。
アマゾンに比べると、私の人生は「あっ」という間です。だったら、興味を持ったことをもっと大切にしよう。もっと思いっきりやってみようって思えました。違う見方をすれば、嫌な事もあっというまに過ぎ去っていく訳です(笑)。
生きている内に好きな事をして生きられれば、最後に「いい人生だった」って想えるんじゃないでしょうか。何かに興味を持ち、それを好きになる。ある意味わがままかもしれませんが、その好きをもっと好きになる。それが人生を楽しくさせることに繋がるのかもしれません。
→すごく貴重なお話ですね。アマゾンで体感した「自然中心、生き物中心」の感覚を得て「人間中心」の感覚の囚われに気づかれた。
そして、アマゾンの成り立ちや歴史と、ご自身の人生を時間軸で比較する事で、ご自身の人生を俯瞰的にみられ、より強く「生きる意志」を持たれた。これは渡辺さんにしかお話しできないお話かもしれませんね。
自分を理解しよう。
それと、自分が見えていない人が意外に多いなって感じます。「もうちょっとだけ、そこを工夫したら、楽しくなるよ」と、メンバーの教育時にも、アドバイスします。
「やりたい、なりたい」だけで、努力をしていない人もたまにいて、やるべき事をせずに言っているだけというのは、自分の感覚としては「笑わせるなよ」って思っちゃったりもします。
→おっしゃる通りだと思います。一見厳しい意見に聞こえますが、そのままだと本人も目的を達成できないかもしれませんし。乗り越えてきた方から、教育やアドバイスして頂けるのは、本気でなりたい人にとっては、本来、ありがたい事だと思います。
「やりたい、なりたい」で終わらせないポイントってなんだと思われますか?
行動ですかね。やりたいならやってみる。なりたいなら、なれるまでやってみる。失敗を恐れる人もいますが、やってみる事で失敗も含めて結果が出ます。その結果から、目指している業界や周りの人との差が分かる。実はとてもいい機会なんです。
自分に「ここが足りないのか。」「ここをもう少し学ばなきゃ」って、その具体的に見えた差を埋めていけばいい。怖がらずに、「理想」と「現実」の差が見えるまで、思い切って行動して欲しいですね。
自分を理解すると、もっと楽しくなると思うんです。自分の声は録音しないと解らない様に、自分自身では中々見えません。だからこそ、行動してみると「こんな事が好きなんだ」とか「いまこの位のレベルなんだ」ってわかります。
行動や挑戦を繰り返すと、その度に外の世界を理解でき、また自分を理解できる。もし、その時できなくても、失敗や挫折で終わらせず、改善していけばいい、シンプルなんじゃないでしょうか。
→なるほど、「好き」とか「やってみる」というのは一見、根性論の様にも聞こえかねないですが、行動や結果に対しては自己理解や他者理解の機会と定義されていらっしゃるんですね。
また、自身と周囲との「差」を的確にとらえて、その差を埋めていく改善というのは、とても具体的な行動指針ですね。
あとがき
渡辺さんの「繁殖を促す活動から自然の偉大さを知った」というお話は、とても新鮮で理にかなった感覚を得ました。アマゾンのお話もとても面白かった。
渡辺さんは「好き」という「感性」を大切にされつつ、「検証、改善」などを着実に行っていく「理性」もしっかり兼ね備えているとても面白い方でした。
私自身も「人間中心」という感覚に囚われていた事に気が付いたので、これから行く場所ごとで、「どんな生き物が暮らしているのか」「どうやって自然がなりたっているのか」をちょっと意識してみようと思いました!
あなたはどう思いましたか?